管理人のコメント
昭和45〜50年の僅か5年間が、火葬場という施設にとって
大変革期に当っているという事実を改めて思い知らされるような
施設です。この施設とほぼ時を同じくして「前橋市」や「古河市」が
短煙突の火葬施設を導入しており、一方「石川町」や「越谷市」等
が従来の高煙突を採用しているのが非常に興味深いです。
そしてこの角型高煙突などは、近代火葬場の技術変革期における
”時の流れに中途半端に取り残された遺物”に思えてくるから不思議
です。
以下、渓流ファン様のレポート
秩父市にある広域施設「秩父斎場」です。
煙突の形が奇妙です。
昭和48年の設置だそうです。
門標です。
この火葬場が最初から広域施設だったのかは不明です。
現在では近隣で唯一の施設です。
門の脇にある霊柩車車庫です。
昔は山の中のどんづまりだったのでしょうが、
今では民家がすぐそばまで迫って来ています。
鋪装された道は斎場の門前までです。
この奥は砂利道で、火葬場裏手にある秩父の市民馬場の門まで通じています。
垣根越しに見えた残骨供養塔の石碑です。
この奥にお地蔵様の姿もありました。
手前の鉄骨の柱は、渡り廊下のものです。
駐車場の片隅には井戸らしきものがありました。
井戸だとすれば、火葬炉の冷却用でしょうか。
待合棟です。受付もここにある様子です。
待合棟の裏手に別棟で建てられていた「第四葬祭室」です。
この斎場、もしかしたら葬儀式場としての利用も可能なのでしょうか?
いずれにせよ、予備室のような小さな建物でした。
火葬炉棟の様子です。
生け垣の外からも炉前ホールが良く見えます。
主燃炉は重油炉らしく、屋外タンクが2基ありました。
裏手の馬場から見ると、煙突下、火葬棟の張り出した部分の裏には大形の
プロパンボンベも4本ばかり並んでいました。
暖房用か再燃用かは不明です。
炉前ホールの様相です。
炉数は4基。化粧扉の色は白(あるいは白に近いベージュ)で、
手前にある搬送車等からみて、炉本体は台車式と思われます。
年代と建物の奥行きからの判断ですが、炉に前室はないでしょう。
左端の炉だけ化粧扉がひとまわり大きいです。
公設の施設であり、民営のような等級制ではないでしょうから、
これは大型炉だと思われます。
煙突の先端部のアップです。
なんだか折り鶴の首のような・・・・
先端部がひたすら気になり、
火葬場裏の馬場から待合室裏手へと回って、
不思議な形の煙突を見上げてみました。
なるほど、こうなっていたのですね。
妙に納得して帰途につきました(笑)