管理人のコメント
今話題の電気火葬場の実態については、管理人も色々と考えていました。
あくまで個人的な推測ですが、重油バーナーなどの動力に電気を使う事、
つまり施設に動力用の電灯線を引くこと自体が、当時としては画期的であり
即ち”電気火葬場”として地図にわざわざ記載する程の一種の「ステイタス」
みたいなものだったのではなかろうかと思うのです。
間違っていたらゴメンナサイ(笑)。
以下、元祖 通りすがり様のレポート
*画像をクリックすると拡大画像が別ウィンドウで開きます。
![]()
このところ掲示板で目にする電気火葬場、その実態は謎ですが、家にありました古地図で
偶然にも存在を発見いたしましたので報告させていただきます。
古地図は、昭和7年11月15日 九段書房発行の 模範新大東京全図です。場所は、埼玉県
八潮市東部の以前、潮止村と呼ばれた地域です。
![]()
戦後、米軍が写した航空写真です。左を流れる葛西用水路の流れが曲がるあたりを参考に、
火葬場を探してみました・・。当時は、みごとな田園地帯です。あたりには、空き地のような、
小さい建物があるような・・・?
![]()
平成元年のおなじみの航空写真。田園に変わり、高速道路が走り、建物は建ちましたが、
左の用水路だけは変わりません・・。
八潮市の火葬場状況は、市に火葬場が無いので、隣の谷塚斎場や三郷斎場を使用している
ようです・・。八潮はそもそも、いくつかの村が合併して町になり市になったので、旧潮止村
地域の文献があれば、何かわかるかも知れません・・。
しかし、その存在を知る人はいないでしょうね・・。謎であります・・。