管理人のコメント
さて、既に余命幾ばくも無い越谷市斎場ですが、以前から風来坊様が
ライフワークのように足繁くレポートされており、古くはサイト「火葬場」
でも紹介された名所です。
今回のレポートについてはその終焉までの激変振りに驚かれた方も
非常に多いのではないでしょうか...。
また一つ味のある施設が無くなってゆく様は、個人的にも非常に寂しい
ものがありますね。
以下、風来坊様のレポート
*画像をクリックすると拡大画像が別ウィンドウで開きます。
2002年11月取材
皆様こんにちは「越谷市斎場03年11月編」のレポートです。
前回のレポートでは肝心の建物の写真がまともに撮れなかったので
もう一度行って来ました。
余命残り僅かとなった越谷市斎場です。
※現在隣接していた公園はありません。
このレポートは03年11月に作成した物です。
またまたやって来ました越谷、再開発真っ直中の東町です。
西側の道路から接近します。
んー、何度見てもトラウマな光景です。
この道を真っ直ぐ行くとT字路になっています。
さらに接近して一枚。
T字路のパノラマ写真。
右に行くと斎場正面に、
左へ行くと公園入り口です。
それでは右へ行きます・・・、
と、こういった感じで見えてきます。
もう一枚。
友引の火葬場は閑散としていました。
越谷市斎場(パノラマ写真)。昭和48年築
写真左が待合棟と事務所
写真右が火葬棟です。
炉棟スペック↓
エレベーター式化粧扉・火葬炉4基・
ロストル式・炉燃料A重油・再燃炉、有り
煙突有り(黒煙を吐きます、見たい方は前レポ参照)
早速待合棟を覗いて見ます。
一階には事務所と洋室2室が
二階には和室2室があります。
待合棟一階部分。
丸テーブルや椅子が置かれ自販機などがあります。
待合棟と火葬棟を結ぶ渡り廊下「炉棟側から」
それでは改めて火葬棟に接近。
ド緊張です。
失礼しまーす、
誰か居ますかー、
誰も居ませんねー(笑)
炉棟正面入り口のガラスに張り付いて撮影。
ここが告別ホールでしょうか
この壁の側面と裏に炉があるみたいです。
もう一枚。
写真手前の左がさっきの告別ホール、
奥の左に炉があります。
炉前ホール、緊張がピークに達します。
2基の炉が確認できます、左の炉は化粧扉が開かれ
黒く煤けた断熱扉が見えています。
この他にあと2基有るはずですが、外からでは見えません。
とうとう見てしまった、
そしてついに撮ってしまった初めて炉前を、あー怖かった。
落ち着いて炉棟を一枚。
火葬棟の裏です。
重油の燃えた臭いがかすかにします。
もう一枚。
炉の燃料タンクでしょうか?
そうだとすると小さすぎるような気が、
すぐに無くなりそうに思えます。
煙突の直下部分。
根本に置かれた2つの鉄の箱はたぶん残骨灰入れかと思います。
なぜかと言うと前回稼働時にもここでしばらく見ていたら
火葬棟から銀色のバケツに入った個体の様な物をガラガラと音をたてて
この箱に移していました、あの状況からすると骨ではないかと思います(怖)。
(勝手な想像ですのでもしかしたら違うかも)
煙突です。
もう一枚。
隣接する公園から。
木々から突き出した煙突はなんだか不気味・・(震)
斎場の隣は公園と言う信じられない場所に建っています。
しかも稼働時には黒煙を吐きます
時には煙が上らず公園を直撃なんて事もあるでしょう。
「位置関係を簡単な図にしてみました」↓
(南)
‖ 火葬場↓┌―― ――┐
‖ ┌─┐ │ │
‖ │ │ | │
武‖ └─┘ | |
蔵‖ ┌───┘ │
野‖ │ │
線‖ │ 公園 │
‖ │ |
‖ └────── ──┘
(東)
隣接する公園からもう一枚。
煙突の先端部分。
隣接する公園のグラウンドから。
(パノラマ写真)
グラウンドと公衆トイレがある以外には何も在りません。
以前は郷土史資料館などが建っていましたが撤去された様子です。
隣接する公園から2
(パノラマ写真)
現在の斎場は老朽化・狭隘化が進み様々な面で稼働の
限界に達しています。
今後、急速に高齢化が進み施設利用の増加が予想される事から
市では増林と言う所に、斎場棟・火葬棟「炉9基(最大14基)」
を備えた
最新の総合斎場の建設を近く始める予定です。
計画が順調に進めば2005年の夏頃に完成します。
現在の斎場が昭和48年に完成して以来長年利用され続けて来ました。
沢山の人々に支えられ此処から多くの方々があの世に旅立たれました。
それもこの火葬場と言う場所で日々努力をしてくださっている
職員の方々が在ってこその事だと思います。
「火葬場」その言葉を耳にした時、
誰もがその顔をしかめる事でしょう、
しかしそれが私達にとって無くてはならない施設である
事もまた事実です。
早ければ今から1年半後に新しい斎場が誕生し
今の越谷市斎場はその役目を終えようとしています。
2004年2月取材
「越谷市斎場2004年2月編」のレポートです。
2回目のレポートから約3ヶ月後の2月11日
越谷に再々訪してきました。
此処に来るのは3度目です。
何度来ても緊張します。
それでは接近・・。
ん・・・あれ!かんか変だぞ?
どっひー、もろ見え・まる見え。
目隠しの木々が伐採されて火葬棟が丸見えに・・(汗)
背後にそびえ立つ煙突が異様に太く見えるのは私だけ?
目隠しのネットぐらい張れよ!と言いたくなります。
もう一枚。
解体の時期が迫っている事を実感させられます。
さらにビツクリする事に
その前のグラウンドで少年達が野球をしてました
もっと声を出せー、もっと早く走れー
と怒号が響く中額に汗を滲ませプレーする子供達
それを見守る母親達そして目の前には・・・恐ろしい。
少年達以上に大汗をかく私でした。
隣接していた見多方遺跡公園は完全に潰されました。
今はグラウンドを残すのみです。
パノラマ写真
「越谷市斎場03年11月編」
のレポートと見比べて見て下さい。
風前の灯火となった越谷市斎場
16年前、幼いながらにして死の重さ生きている事の大切さ
を教えてくれたこの場所が無くなってしまう事に寂しさの様なもの
を感じます。
この記録が皆様の何らかのお役にたてば、
そして何か感じて頂ければ幸いです。