都営瑞江葬儀所 by渓流ファン様
以下、渓流ファン様のレポート

まず、これをご覧ください。
都営瑞江葬儀所の正門右側門柱に嵌められた銘板です。
正直、シビれました。
書体といい、緑青の浮き具合といい、歳月を経た感じがたまりません!
(レトロ建築ファンではない皆様、すみませんです…。)
正門左側の門柱の銘板です。施設設置年月が記されています。
昭和12年(1937年)に竣工したこの施設は、翌年から運用を開始し、現代でも都内区部では
唯一の公設火葬場です。
(将来、特別区5区による組合運営の臨海部広域斎場が出来るまでは。
臨海部竣工後も都営としては唯一の施設です。)
正門写真です。敷地の南東角にあります。
当時としては先進的なコンセプトのもと公園墓地に準じた理念で建設されたらしく、
とても広い敷地です。
古い道路に面する正門周囲の敷地東側〜南側は豊かな緑の緩衝用緑地帯を備えても居ます。
ただし、肝腎の炉棟背後(北側)と西側は緑地帯はなく外から施設が良く見えます。
設置時には高速道路もなく、周囲は一面の田圃だったためでしょうね。
往時は火葬炉が炉室16室(ロストル式、1基の火葬炉が2つの焚き口・炉室を持つ連立型炉と推測。
重油バーナー。)を持ち、岩波「新風土記」シリーズ復刻版で「1日48体を火葬する東洋一の大火葬場」
と紹介されていました。
敷地南側の柵の外から写した構内です。
構内道路、構内の門、駐車場、そして奥に火葬棟が見えます。
待合棟は写真の右側、敷地東に沿って設けられています。
写真手前、敷地南側の木々が生い茂る緑地帯は公園機能も持ち、日中は出入り出来る
模様です。オナガやムクドリの姿も見える木立の間にはベンチやテーブルも設けられ、近所の
子供達が遊んでいました。
炉棟の背面です。葬儀所敷地の北に隣接する公園から写しました。
敷地の北側の端に沿って、やや西よりに設けられています。
てっぺんには排気口らしいものが10基並んでいました。
火葬炉は全部で20基程度(人体、汚物、動物合わせて。2炉で1排気系統)と推測されます。
往時の水田や金魚養殖場などはすでに跡形も無く、一帯は人家が密集する住宅地です。
ここの公園はごく普通に人々の憩いの場となっております。
それも炉技術の革新のおかげで、長煙突の時代には公害問題がやはり生じていました。
公園の隅からは炉棟の裏手や、渡り廊下で繋がれた待合棟などが望めます。
都営青山斎場と異なり瑞江葬儀所には葬儀式場の機能は無いそうです。
(青山は式場機能専門。瑞江は火葬場機能専門。)
設置された時代の諸事情による役割分担なのでしょうが、今日では敷地の広さを考えると
もったいないです。将来は再度全面更新して最先端の公害防止機能と、東博や戸田などに
負けない式場機能や仮泊機能を持たせて欲しいです。