瑞江葬儀所2004春 by渓流ファン様


管理人のコメント
 再び登場の都営瑞江葬儀所です。ここは無煙突施設としては比較的初期の
分類になるのでしょう。公園型葬祭スペースとして合理的に機能している点は
高く評価できると思います。古く戦前からこの地で稼働していることもあり、後に
転居してきた地域住民の理解も得られているのか、嫌悪施設というイメージは
画像からは全く感じられませんね(なにせ盆踊りを催す程ですし)。 
 都市型葬儀施設の一つの理想形だと管理人は思います。

 そういえば、昔学校の図書館で、昭和40年頃の瑞江火葬場炉前が載った図鑑を
見た事があります。”東博”ほどゴテゴテしてませんが、黒扉が結構トラウマチックでした。

以下、渓流ファン様のレポート

*画像をクリックすると拡大画像が別ウィンドウで開きます。

  

都営瑞江葬儀所の春の様子です。
正門の内側に並ぶソメイヨシノは散ってしまいましたが、待合棟外の芝生の広場では
八重桜が花開いていました。
東京都の公園緑地部が管理する施設構内は毎日17時までは開放され、
散策等のための出入り自由となっています。
墓地であり公園でもある都営多磨霊園などと同じ考えのようです。
初代の施設を作った東京市(当時)の担当者井下清公園課長の理念を
継承しているのでしょう。
旧施設を葬儀自動車型(寺院風)建築にしなかったり、遺族代表以外の
炉前立ち入りを禁止したのはこの方の意向だそうです。
(著書『火葬場』による)





  

待合と式場棟の様子です。
レンガタイル張りの外壁を持つ平屋建てのゆったりした建物が連なります。
非日本的というか、根岸や横田あたりの米軍の施設・住宅を思わせるデザイン様式です。
構内には緑地も設けられ、散策やペットを連れて談笑している人々が見受けられました。





  

待合式場棟、管理室を駐車場側から。
ここは面積約4万平米。1937年の新設当時は田んぼの中だったとはいえ、
都内施設とは思えない贅沢な敷地の確保ぶりです。





  

火葬および収骨棟です。右端は告別棟。
ここでは一般の参列者たちが炉前に立ち入ることは出来ません。
棺とは告別棟でのお別れとなり、代表者若干名(3名とも)だけが
炉前に向かうのだそうです。





  

火葬棟正面です。
手前は広々とした駐車場です。民営斎場一般の2倍から3倍近くありそう。
運転手控え所(トイレ付き)もありました。





  

火葬棟正面に接近して。
ポーチの庇の奥に、個別の出入り口を持つ5つの収骨室が並んでいます。





  

第4収骨室の正面です。他も同じ作りのようです。
一般の遺族はこちらではじめて遺骨と対面すると思われます。
代表以外炉前立入り禁止という、施設建設当初以来の理念が継承されている訳です。





  

収骨室の奥に炉前室への出入り口があり、炉扉が見えました。





  

画像補正をかけた炉扉の様子です。
エレベーター呼ばわりされることの多い最近の炉前や炉扉ですが、
ここのは人用エレベーターというよりも小荷物昇降機を思わせるシンプルな作り。
隣接する炉との間隔も狭いです。
もしかしたら炉体は最近の炉のような独立パッケージ形式ではなく、2基以上を
同一のケースに収めた連立炉形式なのかもしれません。
この扉、化粧扉なのか断熱扉なのかも不明です。





  

こちらは告別棟の正面の様子です。
植えられているのはユズリハ(お正月に飾りに使われる木)のようです。
代替わりを象徴する木だからでしょうか。





  

構内の植生は豊富で、サクラの他にもフジやウメなど様々な木々や
草花が植えられていました。樹齢を経たヒマラヤスギやシイの大木などもあります。
構内の外郭部分には木立の合間に芝生の緑地やベンチなど並び、本当に公園風です。
鳥たちの住処にもなっていて、カラスやスズメ、キジバトの他、写真のムクドリ、さらに
オナガ、ヒヨドリなども見られました。





  

正門の奥、進入路と駐車場の境にも門柱がありました。
そこから撮影した施設全景です。
門柱は敷地外郭である緑地公園部分と、内郭である施設構内との
境界を示すと思われます。
(門柱以外の仕切りや柵等はなく、自由に出入りできます。)
ご覧の通り休日の為か、駐車場や建物近辺に立ち入っても
おとがめなしでした。
ただし、建物内への無断進入はもちろん不可、火葬棟裏手等の
立入禁止区画もありますので見学時にはご注意ください。


 

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