幸手市跡地、碑文 by渓流ファン様
昭和49年の幸手町広報誌から抜粋した、
火葬場改装完成の告知です。
火葬炉3基、動物炉1基を備える施設だったと判ります。
(汚物炉は不明)
当時としては最新型の設備だったのでしょう。
煙突も低いです。
跡地の様子です。
南側(元駐車場側、正確には南南西)から撮影しました。
正面の植樹された場所一帯が元の火葬棟のあった場所です。
緑の木陰に施設廃止後に建てられた記念の供養塔が残されていました。
現在の供養塔の場所は、平面図にある現役時代の供養塔(霊灰塔を兼ねる
と思われる)とほぼ同一場所と思われますが、正確には不明です。
やや火葬炉よりなのかもしれません。
右手の建物は公民館です。
待合棟や車庫のあった場所を中心に建てられています。
供養塔の様子です。東よりから撮影。
付近は公園です。親子連れが沢山いて子供達を遊ばせていました。
供養塔の左脇に由来を記した石碑が建てられていました。
以下は碑文です。
「東第三公園供養塔
市営火葬場として明治四十二年から八十三年の永きに渡り、
追慕の聖地であった当所も、
広域斎場メモリアルトネの開設に伴い、
その使命を終えることとなった。
この聖地が人々の心から消え去ることなく、
永劫に愛されるよう、公園として整備することとした。
この供養塔は当所で荼毘に付された先人たちの、
家族同様の愛玩動物達の、各御霊よ安かれと祈り、
永く我々の心に残らんことを念じて建立したものである。
平成三年三月二十五日 幸手市」
施設改造直後と思われる1974年(昭和49年)の空撮です。
例によって国土交通省Webマッピングシステムから。
施設周囲は分譲地として整地されつつありますが、
当時の周辺はまだ市街地化もさほどではなく、
施設の所在した幸手駅の東側一帯には、長閑な田園地帯も目立ちます。
1990年、メモリアル・トネ開設による廃止直前の姿です。
火葬棟など主要建築物は変わりありませんが、南側は駐車場として整備されています。
周囲も宅地化が進んでいます。
図書館も付近に出来ました。