旧渋川市営火葬場の煙突 by火葬場回避旅行者様


管理人のコメント
 この火葬場については、以前何かの書籍でモノクロ写真を見た事があります。
木造モルタル平屋建ての、昭和30年前後に建てられた火葬場の典型的なデザイン
だったように記憶しています。
そういえば、これと似たようなデザインの施設が下記URLに載っています。やはり
火葬場とはいえ、デザインにも流行らしきものがあったんですね(笑)。
                                         
正面遠景
http://www.town.amino.kyoto.jp/amino_db/tyoushi/1/4042.html 

正面全景
http://www.town.amino.kyoto.jp/amino_db/tyoushi/7/1076.html

焼失した火葬炉   (ちなみにここは火災で一度焼失してしまったみたいです。)
http://www.town.amino.kyoto.jp/amino_db/tyoushi/7/1143.html
                                            ご参考まで...

以下、火葬場回避旅行者様のレポート


撮影日:平成4年(1992年)12月31日

先日実家に帰った際に、昔撮影した数千枚ほどの写真を懐かしみながら眺めていたところ、
(旧)渋川市営火葬場の煙突が写っている写真を発見しましたので、そのネガをスキャナーで
読み取り、編集してみました。写真を見るに当って注意をしなければならないことは、煙突の
手前にある水色の屋根の建物は火葬場とは無関係であることです。残念ながらこれらの映像
には火葬場の建物自体は写っておりません。
 この火葬場について図書館で調べてみたところ、昭和28年(1953年)6月に業務を開始して、
平成12年(2000年)5月に終了したそうです。またこの火葬場は旧渋川町時代も含めて、
渋川において公営のものとしては3代目であったようです・・・これは予想外!炉数は2炉ですが、
中に入ったことはなかったのでこれ以上の詳細は分かりません。
 最後に、私のトラウマ発祥となった旧沼○市営火葬場(木造・低煙突・たぶん再燃炉なし・
トラウマ度は渋川市営火葬場の5倍)の写真についても同様に探しまくりましたが、
それはありませんでした。


画像右端の上下中央付近に火葬場の煙突が小さく写っております。
同じく左端に写っている鉄橋は鉄道ファンにとっては神聖な橋とも言える大正橋です。


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