旧渋川市営火葬場跡 by火葬場回避旅行者様
以下、火葬場回避旅行者様のレポート

皆さんこんにちは。どのような秋を過ごされておりすか。私の今秋は火葬場の依存度が
現在でも低いと考えられる地域へ旅行に行ったり、あるいは東京都で現在でも土葬の
しきたりがあるとされる地域で暮らす知り合いと会って、そこでの生活を聞いたりと充実した
日々を送っております。そして今回は群馬県内で土葬のしきたりが現在でも残っていると
思われる地域めぐりをしてきました。しかしながら埋葬方法、火葬場、お墓にほとんど興味を
示さない連れがいたので自分の望むような行動が自由にできず、結局のところ肝心なものを
見ることなく、また埋葬方法の現状が分からないまま旅行は終了しました。せっかく群馬に
行ったので、去る前に火葬場跡1か所と現役の火葬場1か所を訪ねてみました。
まず最初は渋川市営火葬場跡です(これで煙のサイトへの画像掲載は2度目になりますが、
前回同様火葬場跡なのでもし満足できない方がいらっしゃるようでしたらお詫び申し上げます!)。
ここは平成12年の春まで寺院をモデルにしたような炉数2基の火葬場がありました。
この火葬場が現役だったころに脇の市道を通ったことがありますが、やはり月日の経過が
記憶をあいまいにしており、当時の具体的なレイアウトをはっきり覚えておりません。そこで
かすかな記憶を基に述べますと、右写真の右側の方から左写真の左側にかけては次のような
構造だったことを覚えております。
門 → 建物玄関 → 炉前ホール 兼 拾骨室 → 化粧扉 → 火葬炉 → 作業室 → 建物裏
煙突は高さ20メートルくらいの円筒形で、鉄板で覆われていたような気がします。特に珍しい
構造ではなく、地方都市にある典型的なものだったと思います。
ここにあった火葬場は廃止後、わずか2、3週間で解体され、しばらくの間は荒地であった
ことを聞いたことがあります。
跡地には慰霊碑などはなく、公園と見なすにはもの足りなく、だからといって公衆トイレと
水のみ場があることから単なる空地とも言い難いです。また地面はやわらかく、ここでキャッチ
ボールをしたり、自転車に乗ることは不可能でしょう。そして何よりも、この中へ入る人はだれも
いない気配でした。