戸田葬祭場 by渓流ファン様
以下、渓流ファン様のレポート

東京23区内で最後に残った「煙突のある火葬場」です。
「株式会社戸田葬祭場」の経営する民間火葬場で、
現在は立派な総合葬祭式場になっています。
どういう経緯でここに火葬場が作られたかは分かりませんが、
荒川と新河岸川に挟まれた低地で、工場や火葬場、その他を
設置するにはもってこいだったのだろうと推察されます。
昭和初期にはここは埼玉県戸田町(当時)の飛び地で、戦後に
板橋区に編入されたそうです。
駐車場と出入口(2ケ所あるうちの1つ)、奥が葬儀式場。
画面中央、緑の木々と右の桜の木の周辺が、昔の施設(戸田火葬場)のあった場所です。
やがて奥に立派な葬儀式場、そのさらに奥に火葬棟を新築しました。おそらくは隣接地を
購入したのだと思います。
このような敷地条件ですので、現在は非常に奥行きのある施設です。(200メートルぐらい?)
旧施設は1回だけ訪れたことがあります。コンクリ建築の近代的な寺院に煙突を付けたような
デザインだったと思います。
かなり昔のことで、残念ながら炉前の記憶は残っていません。
葬儀式場棟です。
ごらんの通りの堂々たる施設で、通夜〜葬儀〜法要はもちろん、通夜のための宿泊
(仮眠/仮泊)も出来ます。
東博同様、貸し布団や朝食仕出しなどの斡旋もしてもらえます。
こういうサービスの充実ぶりは公設火葬場にも見習って欲しいものです。
(施設の立地条件や、民業圧迫にならないという配慮は必要ですが。)
火葬棟です。手前が更地になり見通しが良いですが、以前は工場か倉庫に隠れて
土手上からも屋根と煙突しか見えませんでした。
炉数は記録がまちまちですが、以前は18基、現在は13〜15基程度と推測されます。
(汚物炉等は不明)
民営ですので等級制を採用していますが、料金種別で見ると6等級制の時代もありました。
現在は3等級で東京博善と同じです。(最上等、特別室、特別殯館……呼称まで合わせた?)
屋根の上の機器、特に赤く塗られた給排気系の装置が気になります。
もしかしたら排気筒かもしれません。煙突はすでに「お役御免」なのでしょうか?
赤く塗られた機器のアップ。
いったいなんでしょうか?
自分にはやはり排気ダクトに見えます。
火葬棟を横から。
かなり大きな建物です。
赤いダクトから見て、写真左側(葬儀式場より)が一般(最上等)室、
煙突に近い奥側が特別室や特別殯館のエリアと思われます。
煙突です。
23区に残った最後の「火葬場の煙突」です。
高さは20メートルを優に超えています。良く見ると分かりますが、円筒の本体の
周囲をコンクリートのパネルで四角く囲った構造です。
ここは重油燃料だったそうです。(現在はどうか不明)
重油炉は再燃装置付きでも煙や煤が出やすいので、汚れてしまう煙突先端付近は
金網状のスクリーンで囲んであります。コンクリの表面を煤が伝うのを避けたのでしょうね。
赤いダクトが排気筒なら、すでにもう、現役ではないのでしょうが………。
煙突の下方のアップです。
電柱が邪魔ですが、配電室や例の赤いダクト、何に使うか分からないプレハブらしい
屋上の小屋などがありました。
狭い裏庭にも車庫や倉庫らしき小屋などがあります。
葬儀式場棟の背面(火葬棟がわ)です。
堂々たる施設です。
技術的に短煙突施設が一般化した時代に建てられたのですが、
敢えて長煙突にしたのは、この建物を多層建て(4階+屋根、塔屋)にするためかもしれません。
重油炉からの煙がかからないように。
土手の上、火葬棟側から入口方向を撮影。
工業地の中にあるのでゴミゴミした感じが否めないですが、都内の火葬場はどこもこんなものです
戸田葬祭場の敷地に隣接する板橋区営の船渡斎場(葬儀式場)です。
もちろん火葬場ではなく、公営の葬儀式場です。
隣は火葬場という便利の良い立地ですし、外見から見ても立派な施設のようです。
画面右より、車が前を通り過ぎているところが戸田葬祭場の正門です。
土手を降り、歩いてほんの2分足らず。
火葬場からも指呼の距離に、都内では老舗とされる動物火葬場兼ペット霊園があります。
写真右手の煙突が動物火葬場のものです。
建物は写せませんでしたが、人間サマの施設並みに立派なものです。
写真中央、ポリバケツの奥、柵とブロック塀に囲まれた狭い空き地(ペット霊園に隣接)には
その昔、胎盤等産汚物専門の焼却処理業者さんの施設がありました。現在は更地でした。
写真の左に写っているシャッター付きの建物にも煙突があり、
地下煙道+簡易集塵機付きでしたが、何の炉なのか詳細は不明です。