東博四つ木斎場 by元祖とおりすがり様


管理人のコメント
 昔々...貧乏な管理人は帰省するのに高速代が無くて、水戸街道=国道六号を
毎回ひたすら走って帰ってました。

 というわけで、当然この四つ木斎場も当時から何度となく立ち寄っております。
水戸街道沿いの白鳥交差点にある古びた白看板(四つ木火葬場)を入り、案内に
従って一方通行の非常に多い路地をどんどん進んでいくと、突然現れる感じでした。
 確かに元祖通りすがり様がおっしゃるように、平屋の細長い古びた工場のような
建物にお約束の「網付き高煙突」を備えていました。ただそれは当時の東博の中では
一番低い代物で、炉数も少なく非常に貧相なイメージでしたね...

 そういえば、当時常磐線の車窓からもその煙突が銭湯のソレに混じって
遠くに見えたように記憶してます。

四つ木斎場は、現在も東博の諸施設の中では一番地味な存在なんでしょうね...

以下、元祖通りすがり様のレポート

*画像をクリックすると拡大画像が別ウィンドウで開きます。

  

 四つ木斎場は、かつて東博で一番規模の小さい火葬場でした。
レンガの赤い建物で、旧町屋や堀の内のような破風屋根など無く、
田舎のトラウマ製造所というような、工場のような建物でした、
火葬炉は7基、化粧扉が等級で赤 緑 黒に分けられ、後に隣に
特別室棟が出来て9基になりました。ちなみに、化粧扉は青色です。
平成2年ごろ現在のように建てかえられました。
火葬場に行く道はどこも細いですね・・。





  

 昔は、ブロック塀で町工場のような入り口でしたが、今ではきれいになっております。





  

門票には、昔は『東京博善kk四つ木葬祭場』と書かれておりました。





  

 いよいよ内部です、今日は火葬件数が多いのでここから先は入れませんでした。
左が火葬棟です





  

 入り口からだと全体が見えませんが、奥が斎場棟です。昔はここに、
2基の特別火葬棟と7基の火葬棟がありました。待合室棟は右側にありました。
太い煙突も右奥にありました。立替は平成2年ごろでしょうか?
金八先生に昔出た事があります。





  

 町屋と同じですぐ横を京成電車が走り、昔は工場や田んぼでまわりは何も無く、
高い煙突と煙は良く見えたものですが、今では家がびっしりと建っております。 
葛飾区あたりの殆どは、この斎場を使いますが、南部の方は瑞江斎場を
使っているらしいです。 わりと家から近いので、レポートのチャレンジいたしましたが、
たくさん人がいて、稼動日の訪問は難しいものですね・・。


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