白浜町斎場 by独逸葡萄酒党様

管理人のコメント
 「衛生施設」という表現ですが、火葬という行為も広範で捉えると一種の衛生処理行為に
当てはまるのでしょう。ただ、同じ看板に書き連ねるのもデリカシーが無いというか、何とも
やりきれなさを感じます。
 レポートによるとここは炉数3基ということですが、最近の火葬施設は敷地面積を十分とって
いる為か、非常に広大な印象を受けます。昔の施設だったら炉数3基だと普通の民家に毛が
生えた程度の広さですからね(笑)。


以下、独逸葡萄酒党様のレポート

国道42号線を南下して行くと西牟婁郡上富田町と西牟婁郡白浜町の境目にある
交差点に来ます。交差点の看板に郵便橋とありますが、左折するとすぐに郵便橋と
言う橋があり、昔この付近に郵便局があったから名付けられたと聞いた事があります。

交差点を左折すれば国道42号線の続きですが、橋を渡るとすぐ左方向に県道があり、
交差点から約2キロ県道方向に進むと白浜町の斎場があります。


斎場の約100メートル手前にこの看板があります。清掃センターと隣接して建っている
みたいです。清掃センターと斎場を一纏めにするのは他の自治体でもしばしば見受けられる
方式ですね。


斎場の向側にある清掃センターです。進入路は坂になっていて、清掃センターの入口は
もう少し上にあります。本日も稼動中らしくブロアーの音が響いていて、町指定の清掃業者
さんの作業車、ゴミを積んだ一般の軽トラが少数ながら出入りしていました。


斎場の門柱右側にある看板です。厚生年金・国民年金積立金還元融資
と言うのは決まり文句ですね。


斎場の門柱左側にある斎場名の石碑です。全てが石造りではなく、赤い石に
名前を彫り、周りをコンクリートで囲った一風変わった造りですが、違和感は
感じられません。


斎場の全景です。左側が火葬棟で右側が斎場棟です。本日は業務がないらしく、
正門のアコーディオン扉も閉ざされていたので、外側から撮影しました。

ネットで見つけた地方紙の記事によると、1995年4月に供用が開始され、白浜町の
他に上富田町、同じ西牟婁郡の中辺路町、大塔村の3町村が利用しています。
当初は白浜町だけの利用でしたが、2000年3月に上富田町の火葬場が老朽化の為
廃止され、中辺路町と大塔村が上富田町に火葬業務を委託していたので、3町村が
白浜町に火葬業務を委託する事になったみたいです。

炉数も当初は3基でしたが、予め2基の予備スペースがあり、広域化に伴い、炉の増設と
斎場棟の拡張工事が計画され、2000年10月に斎場棟の拡張工事が行われました。
炉の増設はこの時に行われたのかは不明ですが、増設の為の予算がちゃんと組まれて
いましたので、5基に増設されている可能性が高いと思います。

参考記事
http://www.agara.co.jp/topic/genryu/genryukiji/kiji2000/kiji200003/20000311genryu.html

http://www.agara.co.jp/topic/genryu/genryukiji/kiji2000/kiji200010/20001021genryu.html


場内の左側にあった石碑です。残骨灰の供養碑と思いましたが、よく見ると「無縁仏之碑」と
彫られているみたいでした。


火葬棟のアップです。同じデザインの扉が2つあります。左横方向にある白っぽい扉は
作業室の出入口だと思います。排気筒はこの角度からは全く見えませんが、おそらく
2階部分の裏手だと思います。燃料タンクも裏手にあると思われますが、おそらく灯油
だと思います。


斎場棟のアップです。通夜から葬儀まで行う事が出来るので、最近は利用率が増えつつ
あるみたいです。右側の窓はカーテンが引かれておらず、パイプ椅子がいくつか広げられて
いるのが見えたので、ここに祭壇が組まれていると思われます。

この場所に移転する前は現在の南紀白浜新空港の近く(空港は建設中でした)にあった
みたいですが、どんな建物だったのかは分かりません。更に旧清掃センターも近くにあった
みたいで、真偽は不明ですが、セットで移転が計画された雰囲気があります。


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