画像投稿 青森編 2 byい号炉様
以下、い号炉様のレポート
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◆金木町斎場
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太宰治の生家「斜陽館」(旅館時代に泊まりました)を通り過ぎて、賽の河原を過ぎ、
隣の芦野公園へ向かう途中にあります。やはり新しい施設です。
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窓から覗くと、なにやらでっかい引き戸が。
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引き戸の向こうは炉前でした。なにかそぐわない気がします。後から造ったのでしょう か。
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屋根の上の排気筒です。このレイアウトが多いです。左側は衝立で隠しています。
◆中里町斎場
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史跡公園の横にある墓地にありました。
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建物の色合いが良いですが標準的な造りです。
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建物右手に灯油タンクが3つ並んでます。
◆蟹田地区斎場
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施設のすぐ横を海峡線が通っており、特急や「金太郎」が牽く
コンテナ列車が走っています。
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炉前です。しかしこの扉のタイプ、よく登場しますね。「標準品」なのでしょうか。
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裏手に回ると簡素な煙突が。暖房用でしょうか。
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でもって、本体の排気筒はこれ。前後を網で隠しています。
◆大河平火葬場・三厩村火葬場
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ここも期待していたんですけど・・統合新設、旧施設は消滅。
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村外れの大河平火葬場の跡地は整地され、地元の方の手で整備されてました。
ベンチがありますが、ここで休む人がいるのでしょうか?線路をはさんで村の墓地と
集会所があります。
◆小泊村斎場
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村の裏手の高台に墓地があり、そこの一番奥にありました。
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これも標準的な印象が拭えません。
◆車力村斎場
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広域農道沿いの林の中にあります。場所は20年前の記憶ですぐ分かりました。
建物の配置は記憶と違う気もしますが、当時は怖くてちらっと見て一目散に
逃げたので自信がありません。
◆深浦町大戸瀬斎場
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所在は深浦町ですが、道が海際で険しいためかここにもあります。久々の煙突物件です。
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ヤグラで持ち上げた燃料タンクが珍しいです。給油はどうやるのでしょう。
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レンガ煙道の赤が冴えます。結構痛んでますね。
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はっきり言って日が暮れかけてます。もちろん人けはないし。しかし、
正面のガラスに張り付いて炉前撮影します。普通の台車式ですが、
壁の赤と金庫のような黒い扉が印象的です。
◆深浦町斎場
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先ほどの斎場と全く同じつくりです。掲載写真では見えませんが
持ち上げた燃料タンクも煙道も同じでした。夕闇が迫る、どころか
実際には本当に暗くなっています。ここで本日の撮影は断念しました。
◆能代市火葬場
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夜半から本格的な雨になりました。ここらまではよく写真撮影に来る範囲です。初日の
疲れもあり、以降は「いずれ、また」とメゲてしまいました。けれど折角ですので、
久々に能代の火葬場を訪ねてみました。けれど、探したけど無い・・。見るほどに火葬
場らしからぬ建物に建て変わっていました。
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参考迄に別のHPに掲載している、以前の姿の写真を投稿します。
火葬場構内入口。
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炉棟正面。
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ガラスに張り付いて撮影。いまさらながら写真を観察すると、右端に台車が写っていた
り、天井の照明が古かったり、左下のポリバケツはアレじゃないか?なんて眺められま
すが、当時は撮影するのが精一杯でした。
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山形への帰りに、気にかかっていた大蔵村の場所に行ってみました。実際、以前はあっ
たのでしょうが、今は舟形町と統合施設ができていますので「無い」筈です。
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やはり墓地だけで跡形もありませんした。ここらにあった筈、の場所を撮影しました。