桧枝岐村営火葬場 byあ〜様
う〜ん...ここは管理人も取材に行ってみたくなりました。
桧枝岐は渓流釣りで何度か行っており、感覚的には結構
身近な場所です。まさかこんなに味がある火葬場が存在する
とは思ってもみませんでした(汗)。
もうすこし涼しくなってきたら新潟県と併せて取材行を組んで
見たいと思います。
以下、あ〜様のレポート
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【まえがき】
前回、新潟県入広瀬村のレポートをさせていただきました「あ〜」でございます。トラウマは相変わらずの状態でございまして、2003年お盆現在で未だに「煙の行方」には昼間のアクセスしかできておりません。まだまだ修行が足りないようです。
こんなハンパ者ですが、ハンパ者なりにネタを仕入れてまいりましたので、本日も懲りずにご紹介させていただきます。
その前に本日は軽く自己紹介をさせていただきます。
私は1966年に山口県に生まれました。自宅から車で約15分のところにヤキバがありまして、そこは以前は山の中に隠れておりました。幼少時に家族の者に車中で「そこを入ったところにヤキバがある」と言われ、実体も見ずに相当ビビっていた記憶があります。何にビビっていたかはわかりません。ただ、指を指された場所にあった清掃工場を見て勝手に想像を膨らませていたのかも知れません。そこも山の影でものすごい雰囲気を醸し出しておりました。
例の施設にデビューしたのは8歳の時でございます。折りしも山陽新幹線が博多まで開通した年でした。広島県の叔母が亡くなった際に初めて訪れたのですが、総レンガ造りの質素な建物でして、台車を引っ張り出して棺を載せ、藁を大量に敷き詰めてマッチで点火した記憶がございます。
一旦葬家に帰り夕方再度訪れて拾骨しましたが、どう思い出しても「炉」の記憶がありません。生まれて初めて訪れた施設でしたのであれが普通なのだと思ったのですが、今思い起こしてみると相当なモノだったのだと思います。
その施設の存在はかなり前から認識しており、いつも電車から遠目に見ておりましたが、実際に行ってみると建物の中は雨を凌げるだけで、壁もありませんでした。スペースも狭く、運んできた棺は直接台車に載せるしかなかったと思います。今思えば「まるでサンマイだ」という感じですが、よくよく考えてみるとサンマイ以下の施設だったのかも知れません。焼き物の小屋とよく似た風情でございました。数年前に取り壊され、離れた場所に市営の立派な施設が現在は稼動しているようでございます。
ちなみに焼く前に台車を引き出した際、その台車の端っこに赤褐色の濁ったモノが付着して(垂れ下がって)おりましたが、私はそれが固体だと思いこれを指で突きました。意外にもそれは液体で、まともに指にまとわりつきました。忘れもしない右手の人差し指でございます。てっきり最初は台車の錆だと思ったのですが、どう考えてもそれは人体から出たものではないでしょうか・・・子供というものは怖いもの知らずでございます。
翌年祖父が他界した際に、今度は地元の施設に赴きました。清掃工場を見て恐れおののいていた施設ですが、実際に見たのはその時が初めてでした。前年のものと同等の施設を想像していたのですが、実際に訪れてみると非常に近代的なものでびっくりした記憶があります。
待合棟も炉のある棟も非常に立派で、炉の数も7〜8基はあったと思います。前年見た陰湿な印象はなく、炉前で最後のお別れをした後で棺は炉に納められ、喪主である父が壁にあった黒いボタンを押して点火しました。
ここは近隣3市の合同施設であり、地元の施設は前出の「サンマイ以下」とは比較にならないくらいすごいのだと当時は少し誇らしくなった記憶がございます。昭和51年のことでした。
その後、一度も施設を訪れる機会もなく現在に至っております。
3市合同の施設は、その後バイパスが真横を通った関係もあり、完全に山から露出する形となりました。中学校が麓にあったため、毎日のように授業中にそこから吐き出される煙の行方を目で追っていたものでございます。煙突は四角いもので、これは越谷の施設とよく似ておりました。前述の「サンマイ以下」もレンガの四角い煙突でしたので(い号炉様岩手遠征の最終日にあります絵とそっくりでした)、こういう施設の煙突は全部四角なのだと当時は思っておりました。
高校に進学しましたが通学路は施設の脇にあり、高校からも煙突の先端部だけは見えましたので相変わらず煙は見ておりました。
どこでどう興味を持ったのか記憶にありませんが、どこの地図を見ても最初に施設を探し、そのくせ近づくと怯え・・・ということを昔から延々と繰り返しております。そんな中、数年前から煙突が次々と消えていくことに気づきました。帰省した際に突然煙突が消えているのを見つけて驚きましたが、ずいぶんホッとしました。
学生時代には京都におりましたので、地図で見つけた蓮華台を原チャリで探しに行ったこともありましたが、場所はわかりませんでした。数年後に図書館で見つけた本を見るとすでに解体されていたようでした。
転勤で首都圏へ来た12〜3年前には市原や松戸の施設には非常に高い煙突が立っておりましたが、これもいつの間にか消え、すでに煙突はどこにもなくなっているものと思っておりました。
ところが今年に入って偶然見つけた茨城の波崎の施設にびっくりしました。
「まだ煙突があったんだ・・・」
それから数日後に大宮の施設を見つけた際に受けた衝撃は忘れられません。あんな住宅地の真ん中に煙突があります。まさか稼動中だとは思わなかったのですが、表札には「さいたま市〜」との表記があります。さいたま市が発足したのは最近です。ということは、まさか現役???
それを確認したくてインターネットで探そうと思いました。こういうサイトは必ずあるという確信はあったのですが、夜に見つけてしまうと本当に怖くて眠れなくなることが想像されましたので、アクセスするなら絶対に昼間だと決めておりました。これは結果的には大正解でした。
検索でヒットした「煙の行方」を開いた時の衝撃・・・強烈でした。
最初に見たのが房総のレポートでしたので、さらに脳天を突き抜けるような衝撃が走り、そこからたっぷり4時間ほど釘付けになってしまいました。研ぎ澄まされた神経の中、いきなり横で鳴った携帯に失禁しそうになりました。
日頃はメールをいただくばかりで「待ち」の状態にある私ですが、この時ばかりはその日のうちに管理人様に感想のメールを打たせていただきました。自分からメールを打ったのは6年ぶりくらいだと思います。
それからサイトを毎日拝見させていただきながら勉強させていただいている次第であります。専門知識も全くなく、さらにトラウマも増えるばかりで克服できません。しかし興味は尽きず、今回も他人の手を借りてのレポートとなります。
たいへん長くなりましたが、福島県檜枝岐村の施設をご紹介させていただきます。
前回同様、私の採集気風にレポート致します。
福島県の檜枝岐村は本格的なクワガタ採集をしている人なら誰でも知っている場所であるが、一般的には知名度は低いと思う。おそらく最寄のインターから100kmは軽く走らなければならず、アクセスもいいとは言えない。ちなみに檜枝岐は「ひのえまた」と読む。
新潟と隣接しており、尾瀬の北側からの入口でもある。非常に豊かな自然が残されており、人口密度の低さは日本で1〜2位を争う村である。冬は深い雪に閉ざされ、県境は6〜7月にならなければ通行ができない。信号は村の中心部に1つあるだけで、ほとんどの集落が国道沿いに集中している。
そんな檜枝岐村の施設に前々から非常に興味があった。例の「全国○○場案内」によって施設の存在だけは確認していたが、自分が前回訪れた際には場所を特定できなかったので、いつかは突き止めて見てみたいという欲望はあった。
おそらくこんな場所なので、わざわざ取材に行く人も少ないであろうという予想もあり、これは自分の出番だと勝手に決めつけていたところもある。
そういった中で、虫取り仲間である「kapi」さんに連絡を取ったところ、ちょうど檜枝岐にいるとのこと。このチャンスを逃す手はないと思った。
kapiさんは以前茨城を一緒に回った際に、管理人様が取材された霞ヶ浦東岸の簡易施設を探すのにつきあっていただいた人で、おそらく最近はもくもくと興味が湧いてきているはずだ。
kapiさんは休憩中だったため、さっそく施設の住所を伝え、探してもらうことにした。
依頼して2分も経たないうちにkapiさんから写メールが送られてきた。
「これでしょうか?」
早い!(^^;;;
慌てて見てみるが、ごちゃごちゃしていてよくわからない。
さらにもう1枚送られてきた写真を見て、完全にビンゴだと思った。
補強リングつきの煙突を下から写したものであった。しかも、その住所であればこの建物しかないようだ。
こちらがにわかに緊張してきた。
「写真をなるべくたくさん撮って!デジカメあるよね??お願いします!」
kapiさん、写真撮っても平気なのか・・・すごいなぁ。(^^;;;
そう思いながら待っていると、そこはどう見ても廃墟だという。
もしこれが例の施設だったら、これはすごいのが撮れそうだなどと思っていたが、中は材木などで隠してあって装備などは何も撮れないようだ。
今度は建物の周囲を見ていただく。
例の施設であるという証拠はまだ掴めていない。
電話で煙道が地下にあることだけはわかったが、それ以外のものは何もない。
さらに写メールが送られてきた。
これはもしかして炉???
また緊張が走る。
ドキドキしながら電話してみたが、どうやらこれは外にあり、燃料の投入口であろうと想像できた。
急に力が抜けてくる。
その後の追加報告で、どうやらこの建物の2階が除雪車の車庫になっていることが判明した。
いくら廃墟とはいえ、これまで例の施設の上に車庫があることは考えづらいものがある。これは不発か?
何年も前に廃墟になった雰囲気があるというkapiさんの意見もあったので、この施設には見切りをつけることにした。虫取り並のズッコケぶりであった。
「きっと近くにありますよね。もうちょっと探してみます」とkapiさん。
申し訳ないと思いつつ、檜枝岐村の構造を再度頭に思い描いてみる。
そういえば前回行った時に嗅覚を刺激する場所があったぞ・・・急に思い出した。
ほとんど国道から支線のない村であるが、1ヶ所だけ「し尿処理場」の案内板がある枝道があった。ここは絶対に怪しい!
kapiさんに電話で指示する。今いた場所からほんの数分の場所だ。
電話を繋ぎっぱなしで様子を聞いていると、
「あ、これだ!間違いないです!!」
との声。表示も何もないが、kapiさんも「煙の行方」を何度も見ているので、雰囲気で一発でわかるようだ。
しかし、周囲を工事しているらしく、容易に近づけない模様。
しかも工事の人が近寄ってきて怒られそうな雰囲気があるということで電話を切った。
その数分後、本当にkapiさんは怒られたそうで、怒られついでに「ここは何ですか?」と聞いたらしっかり「○○場だよ」という答えが返ってきたらしい。ついに見つけた。
しかし、kapiさんは同行者との待ち合わせの時間となったため、ここで取材を断念して虫取りに行くこととなった。
そんなkapiさん、頑張ってくれた。
工事が終わるのを見計らって、再度施設を訪ねていただいたのである。感激だ。
っていうか、kapiさんハマってる?(^^;
送られてきた写メールを見て、なかなか感激した。ちゃんと煙突もある。
相変わらず専門知識もなく、何の解説もできないので今回も全く説明なしで写真だけ掲載させていただくことにする。
(すみません。m(__)m)
おそらく登山・渓流釣り・昆虫採集の趣味のない方ならあまり訪れないであろう檜枝岐村であるが、ここの施設の写真だけでもと思い、今回は投稿させていただいた。
いずれベテランの方も取材されるかも知れないが、僭越ながら先行して表面のご案内だけさせていただいた感じである。
その前に自分も訪れてみなければ・・・
その1週間後、今度は前回入広瀬村の施設をレポートしていただいたS井さんが檜枝岐へ赴いた際に同じ施設を探し当てた。
すかさず写真を撮っていただいたので、こちらも添付させていただくこととした。
kapiさん、S井さん、ありがとうございました。m(__)m
今回も他人任せの取材を投稿させていただきました。本来なら自分で取材して投稿するべきところでございますが、本当に臆病者で勇気がありません。もっともっと免疫をつけ、しっかり語れるようになりたいものです。
もう一つ、自分には装備を語れる知識が非常に不足しており、ご覧になられる方にもストレスを与えてしまっていると思います。こちらの方も今後に向けて補強して参りたいと思っております。ビギナーの分際で分不相応な投稿などさせていただき恐縮しておりますが、サイトの益々のご発展を祈念しましてのものですのでご容赦いただければと思います。