管理人のコメント
1983建設の高煙突施設ですか...
立地条件にもよるのでしょうが、恐らく予算的な問題などでこの様な
施設になったのだと思われます。
管理人の勝手な推測ですが、当時は短煙突の最新式の設備は
まだ価格が高く、選択肢の1つとして旧来の施設に煙道取付け型の
再燃炉を備えたタイプもチョイスできたのではないでしょうか。
確かに、人里離れた場所なら煙突があっても多少の煙が出ても問題は
無いでしょうから...。
以下、渓流ファン様のレポート
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台風の大雨の中、鎮守の森に抱かれた田舎の神社です。
ちょっと凄まじい雰囲気がありました。
長野から大町・白馬方面へと抜ける途中にある小川村、
長野オリンピックの為に作られた立派な新道のトンネル真上には、
この古くからの土地の鎮守様(八幡)が祀られていました。
お隣には古いお寺もあります。
「西部衛生施設組合」の火葬場は、これら村の社寺と背後の墓地の奥、
山のふもとにありました。
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火葬場の前から見下ろした、鎮守の森と村の古刹です。
雨でなければもうちょっと良い雰囲気なんでしょうけれど。
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墓地から見た火葬場です。
煙突がそびえています。建物こそ新しいですが、なかなかの雰囲気でした。
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構内に掲げられた看板です。
1983年の施設らしいです。
もともと村の火葬場か三昧だったろうと推察できます。
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火葬場の正面です。
レイアウトは裾花、犀峡と同じで、炉前室を中心に入り口、
炉室(ここでは向かって右)、待合室(同じく向かって左)が
配置されたコンパクトな設計です。
片流れの屋根のため、ちょっと工場のようにも見えます。
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入り口ポーチには、霊柩車が突っ込まれていました。
車庫はありません。
小川村と周囲は山がちで、急で狭い道が多い険しい地形です。
霊柩車も三菱の小型四駆ワゴン車が用いられていました。
入り口にはカーテンが引かれ、内部の様子はまるで伺えません。
やむなく外観のみ取材です。
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ポーチ前から振り返った構内の様子です。
駐車スペースはここも犀峡や裾花同様、乗用車で数台ぶんというところでしょう。
進入路も狭く、踏み外したら田圃にまっ逆さまです。
すぐ下の墓地やお寺にも駐車場(空き地)がありますから、
そちらに停めることも出来そうです。
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隅の草むらの中に消火栓とホース格納箱がありました。
田舎では良く見かける防災設備ですが、これも火葬場専用でしょう。
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建物妻面から突き出た短い上煙道で、排気は煙突へと導かれます。
ここは最初から上煙道方式だったと思われます。
煙突も施設更新時に建てられた1983年生まれなのかも。
炉数ですが、裾花と犀峡から推察して、同じく火葬炉1基というところ
でしょうかね。あっても2基まででしょう。汚物炉等の状況は不明です。
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煙突基部の状況です。
ひどく錆びた点検穴の蓋がなんとも...。
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煙突の全景です。
なお手前の小屋は燃料貯蔵庫。
灯油で、最大951リットル貯蔵だそうです。
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煙突の先端です。
見上げるたびにレンズが濡れてしまし、撮影にはちょっと難儀しました。
なんだかとてももの寂しい思いでした。
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裏手の状況です。
手前、やや張り出している壁材の異なる部分が、職員さんの休憩室と思われます。
軒下の錆び付いたドラム缶が、残骨灰用でしょうか。
それともただのゴミ用でしょうか。
ビールのケースもビンも、その奥にある黒く焦げた五徳らしき金属も、皆まとめて
置かれています。
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最後にもう一度、墓地から望みます。
個人的には「火葬場らしい」とも「火葬場らしくない」とも、
どちらとも呼べない気がする施設でした。
青空の下で、手前の墓石が写っていなければ、
煙突がそびえていてさえ建物の用途が分からないかもしれません。
似たようなデザインの小工場などは付近にいっぱいあります。
しかし「お寺に煙突」というかっての定番デザインは本当に過去のものなのですね。