尾張東部聖苑 byトシ坊様

管理人のコメント
 初投稿です。
 名古屋市というと、管理人はあの有名な八事斎場を連想するのですが、50基近くの
火葬炉を持ちながらも、待合スペースなどの問題で周辺の火葬場へ多数の利用者が
流れてしまうことは以前から耳にしておりました。ここに出てくる尾張東部聖苑もかなりの
数の火葬炉を持っている模様で、名古屋から溢れた利用者を受け入れる余裕がある
みたいですね。
 一方、管理人がどうしても気になるのは、その利用料金です。一般的に地域外から
利用する場合、5倍〜10倍程度のある意味法外な料金を請求される事が多いのですが、
八事側の事情で流れてきた場合、地域住民と同じ金額で利用できるのでしょうか?...


以下、トシ坊様のレポート

 はじめまして、名古屋市在住のトシ坊と申します。
今回投稿する愛知県「尾張東部聖苑」は昨年の12月、父方の祖父の
葬儀に参列した時に撮影したものです。名古屋市に本籍のあった祖父は、
本来ならば八事斎場で荼毘に付されるのですが、普段は勿論、友引明けの
八事はあまりの火葬需要ゆえ混雑が予想されること、また会葬者に高齢者が
多かったこともあり、個室を確保できた尾張東部聖苑で祖父は荼毘に付されました。

画像をクリックすると拡大画像が別ウインドウで開きます。

  

案内看板です。尾張東部聖苑は小牧市と春日井市の境にある広大な墓地、
潮見坂平和公園の一角にあります。





  

聖苑の近くまできたところ、いきなり視界に入ってきた煙突です。
尾張東部聖苑は現代型の斎場と聞いていたので、この煙を見た時は
正直言って驚きました。聖苑到着後にこの煙突は隣接する工場の
煙突とわかりましたが、それにしてもまぎらわしい……。





  

霊柩車ロータリーと火葬棟です。当日は友引明けということもあり、
頻繁に霊柩車が出入りをしていました。火葬棟入り口で待機している台車は
走行〜作業までの全てが電動式でした。火葬棟内部は撮影禁止となっています。





  

火葬棟案内図です。画像に写っていませんが、
玄関ホールの右手が霊柩車ロータリーです。棺が台車に載せられ、
玄関ホール〜通路〜告別ホールへと進みます。告別ホールで故人と
最後のお別れですが、尾張東部聖苑では棺を開けることなく焼香をもって
最後の別れとなります。

 火葬炉は冷却前室無しだったので、耐熱扉の開き具合は棺が入る
ギリギリとはいえ、わずかではありましたが炉内が見えてしまいました。
炉前ホールの照明が控えめだったのは、なるべく炉内を見せないようにする
配慮なのかもしれません。





  

待合棟案内図です。現代型の施設なので個室や売店、
それに式場なども併設されて至れり尽くせりです。
通常ならゆったり過ごせるようですが、友引明けともなると
ロビーは遺族で一杯になります。





  

お骨あげまでしばらく時間がかかるので、敷地内をしばらく歩くことにしました。
画像は燃料貯蔵庫です。燃料は現代型斎場の定番とも言うべき灯油でした。
敷地内を歩いている間に3台の霊柩車が入ってきました。





  

火葬棟の裏手にまわります。どうやらこの丸い物が煙突(排気ダクト?)のようです。
ひーふーみー……炉数と一致しました。それにしてもこの煙突は地形を利用して、
見事にカモフラージュされていました。フェンスと生垣の僅かな隙間より撮影。





  

周辺をうろうろしているうちに携帯電話が鳴りました。お骨あげの時間です。
画像は待合棟の玄関です。しばらく外にいたので手がかじかんでしまい、
手ぶれを起こしてしまいました。お骨あげは炉前ホールで職員の方が
遺骨主要部分をトレイにあげて、炉前ホール脇の拾骨室で遺族による
お骨あげとなります。事前に申請すれば、全部拾骨にも対応してくださるようです。





  

拾骨を終えて聖苑を後にします。最後に火葬棟を正面から。
行きには気付かなかったのですが煙突が確認できます。煙突の前に
生垣が設置されているので、いずれ煙突もカモフラージュされるのでしょう。
施設の性格とはいえ、聖苑の管理運営はとかく気をつかうものなんだと
改めて考えさせられました。


 最後に・聞けば、私は2歳の時に曽祖父の葬儀で八事斎場に行っているとの事です。
無論当時の私が記憶しているはずもなく、三年前の母方の祖父の葬儀が事実上
(当時22歳)私の斎場初体験です。母方の祖父を荼毘に付した場所は愛知県の
しんしろ斎苑でした。冷却前室を備えた現代型の施設だったので、所謂トラウマを
覚えることはありませんでした。尾張東部聖苑も現代型の施設だったので、私には
「カソーバ」と言う言葉がいまいちピンと来ないし、黒煙や臭いも知らない私にとって、
斎場は嫌悪施設という感覚もほとんどないのです。

 余談:昨年管理人様は静岡県西部〜愛知県東部にかけて取材をされましたが、
母方の祖父は愛知県H町の住人でした。H町火葬場が取り壊されたため、
しんしろ斎苑がH町の火葬需要に応えています。今は無きH町火葬場、母親の話では
「風の吹く日は独特の臭いがした」そうです。もしもH町火葬場が残っていたら
私もトラウ・・・いや、もしもの話はやめましょう。


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